ブランディングの考え方

「BRANDING BY DESIGNING(デザインを通じたブランディング)」と称して、OVERKASTではさまざまなプロジェクトでブランディングをサポートしてきました。その経験から、ほとんどのプロジェクトに適用できるブランディングの基本理念のようなものが見えてきたので、それを共有していければと思います。

マーケティングと何が違うのか

一般的にブランディングは、企業・サービス・製品などの価値を明確にし、それをイメージとして印象付ける活動で、ブランドのロゴやカラースキーム、タイポグラフィ、コミュニケーションなどのトーン&マナーによって構成されるものという定義で、おおよそ間違いないかと思います。ただこれはかなりブランドを運営する側に主体を置いた表現で、実際にプロジェクトで取り組むときの難しさやブランディングの本質は、ブランドのイメージを決めるのが他者であるところにあります。

ブランディングに関する細かい定義や理論や手法については、多く語られているので他に任せるとして、ここではマーケティングと比較した観点から、その輪郭を明らかにしていければと思います。

マーケティングは量的改善のための短期的な投資であり、個別最適を連続して実行すること。ブランディングは質的改善のための中長期的な投資であり、全体最適を目指すこと。まずはこう簡単に整理しておきます。「全体最適を目指す」という部分に、ブランドの原義である「焼印を押す(brandr)」の意味が息づいています。マーケティングが市場に最適化する活動であるのに対して、ブランディングは自己言及的な活動なので、同じことをするとしても目的が違うのです。

簡単に言うと、マーケティングはビジネスの問題ありきで、ブランディングはヴィジョンありきのものです。もしビジネスに問題がなければ、すでにマーケティングができていると言えますし、ブランディングに取り組むときにヴィジョンがなければ、まずヴィジョンからつくっていかなくてはなりません。

プロセスを比較すると、マーケティングは個別最適の問題解決を積算してプランニングしますが、ブランディングは全体最適のヴィジョンから逆算するようにプランニングします。だからなのか、マーケティングが筋トレで、ブランディングはストレッチの関係という感覚があります。マーケティングの前にブランディングをしておいた方が、単純に効果的だと考えているだけかもしれません。

もちろんマーケティングはビジネスにおいて必要不可欠なものですが、ブランディングをマーケティング的に考えてしまうのが悪手だということです。一方で、マーケティングに個別最適の総和が全体最適にならない還元主義的な欠点があるように、ブランディングには理想主義的な欠点があり、それぞれの性質をわかった上で取り組むことが重要になります。

ブランドイメージとブランドアイデンティティ

次に〈ブランドイメージ〉について見ていきます。ブランディングの話でイメージと言うと、視覚的に認識できるものを想像されるかもしれませんが、〈ブランドイメージ〉とは人々が思い浮かべるブランドの印象のことです。冒頭で強調したとおり、この〈ブランドイメージ〉は他者によって決められます。

それゆえに〈ブランドイメージ〉は曖昧でとらえどころがありませんが、これを人間関係に置きかえると明快に考えられます。他者と関係していくときに、誰しもが自分の過去の経験、つまり記憶を参照しながら、その人をイメージするのではないかと思います。そのイメージは、さまざまなコミュニケーション要素によってつくられていくはずです。その後も関係しながら、先行するイメージに続くようにイメージが累積されて、より鮮明なものになっていくでしょう。このように〈ブランドイメージ〉は、他者のエピソード記憶に対応してつくられていきます。

ブランドと人の関係を、人と人の関係と同様に考える。これがわたしたちのブランディングにおける基本姿勢になります。

そして、人間関係と同じように、ブランディングにおいても他者に〈ブランドイメージ〉を強要できません。もし強要しようとすれば、その強要しようとする態度の方がイメージとして残ってしまいます。なので、〈ブランドイメージ〉自体をコントロールしようとするのではなく、ブランドを自己言及しながら態度を整えていくことが正攻法になります。

〈ブランドイメージ〉の定義は、関係のなかでイメージを想起させる対象と言えるかもしれません。その関係の両端にあるのは「アイデンティティ」です。ブランディングとは、ブランドと他者の「アイデンティティ」が相対するなかで構築されていくものなのです。

ブランド成果物にCI(コーポレートアイデンティティ)やVI(ヴィジュアルアイデンティティ)など、アイデンティティと名のつくものがありますが、これらは視覚的な同一性を保証する要素です。こうした具体的な対象をつくる前に、ブランドの人格として〈ブランドアイデンティティ〉があるわけです。ブランド成果物は〈ブランドアイデンティティ〉の精神を映し出すメディアと言えるでしょう。

〈ブランドアイデンティティ〉とは、その名のとおり自己同一性がありユニークなもので、ブランドが成立するための基本要件です。ブランディングで一貫性が重要視されるのは自己同一性の表れだからです。これも人間関係と同様で、会うたびに姿かたちが変わってしまうと同一人物と認識されませんし、毎回態度が違うと多重人格的な印象になってしまいます。多重人格的な〈ブランドアイデンティティ〉が問題なのは、信用されにくくなる上に、オペレーションにコストがかかるからです。

ブランディングのプロジェクトでは、よく「ペルソナ」を設計しますが、これは〈ブランドアイデンティティ〉を想像上の他者に対して規定する手段としても使われています。われわれもプロジェクトにおいて、ブランドを主体にした「ターゲット」や量的な観点の「セグメント」ではなく、人格的な質感を持った「ペルソナ」を採用しますが、〈ブランドアイデンティティ〉を「ペルソナ」で規定することはせず、先に自立したものとして設計します。なぜなら、ブランディングで考えなくてはならないのは関係であり、そのためには「ペルソナ」と〈ブランドアイデンティティ〉という両端のアイデンティティが必要になるからです。

以上のように、〈ブランドイメージ〉は相手がブランドに対して抱く印象、〈ブランドアイデンティティ〉はブランドの人格と整理すれば、ブランディングの基本設定がかなりシンプルに感じられるのではないでしょうか。

なぜ「BY DESIGNING」なのか

ここまでの話をまとめると、ブランディングとは、企業・サービス・製品などブランドとなるものの〈ブランドアイデンティティ〉を明確にし、その〈ブランドイメージ〉を人々に「正しく伝える」ための活動と定義できそうです。

「正しく伝える」と言うときの「正しさ」とは、その「ブランドらしさ」のことです。具体的には、〈ブランドアイデンティティ〉に問いながら「正しい」と思われる選択をしていくことで、「ブランドらしさ」が構築されていくことを指しています。

「ブランドらしさ」を愚直に追求することは、インパクト加重会計のような考えを前提にすれば、経営にも影響を与える取り組みと言えます。プロジェクトのなかでも、ブランディングからパーパスやヴィジョン・ミッション・バリューを見直したり、組織のインナーブランディングへと波及していくことがよくあります。

一方で、そんな悠長なブランディングは考えられないという立場の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、ブランディングとはすぐに結果につながらない中長期的な投資です。このマインドセットがなければ、ブランドが資産として積み上がっていきません。焦って結果を期待すれば、逆効果になるリスクが高まります。また本来の姿からかけ離れて、完璧を装ったり飾り付けたりすると、保身にコストがかかります。ブランディングとは、まず身の丈に合ったところから、この先目指すべき姿に近づけていく姿勢で、取り組むべきものです。

つまり、人間関係の例と同じで、人間に倫理観が必要とされるように、ブランドにも倫理観が必要だということです。かつては、社会や環境に貢献して規範をクリアする「道徳観」が求められていましたが、今は「倫理観」が必要です。「倫理観」は主体的な行動なので、自分たちが「なぜそれをすべきか」を問わなくてはなりません。そのためには自己存在を規定するものが必要であり、それが〈ブランドアイデンティティ〉の役割になります。

そして、倫理観を設える近道は「デザイン」という概念にあると考えています。たとえば、環境の「持続可能性」や組織の「多様性」を考えるときに、ひとつずつ問題として解決しようとすると、相当な労力がかかります。その点、デザインは「持続可能性」が大前提になりますし、「多様性」のなかでこそ力を発揮する活動です。なので、どこかで借りてきたような倫理観を掲げて個別最適を繰り返すのではなく、本来から倫理的な志向であるデザインの摂理にしたがって全体最適をする方が、より合理的だという実感があります。

OVERKASTでは、ブランドの倫理観をデザインに委ねる考え方を、「BRANDING BY DESIGNING」の「BY DESIGNING」の部分に込めています。

ブランドの身体を設える

ここからは、「design」という言葉の意味を見直しながら、「BRANDING BY DESIGNING」にある「BY DESIGNING」の中身を見ていければと思います。

「design」という言葉には、4つの意味があります。まず名詞の「① 計画・準備」の意味で、これは原義としてもっとも重心があるところです。次に、制作物や成果物の意味の「② つくられたもの」という名詞があり、これは日本で使われる「デザイン」のイメージにもっとも近いのではないでしょうか。さらに名詞として「③ 分野」の意味があります。また「design」は動詞としても働く言葉です。この動詞のニュアンスは、日本語の「デザインする」よりも「④ 設計する」に近いものです。

なので、デザインという言葉は、「① 計画・準備」を「④ 設計する」なかで「② つくられたもの」ができていく。そうした活動の「③ 分野」を指す意味として整理ができます。そして、「BY DESIGNING」の「designing」は、動詞の「design」を動名詞にしたもので、これをわれわれは「プロセス」という意味で使っています。

ブランドを運営する側としては、つい当たり前にデザインと呼ばれる「② つくられたもの」を普通に「いい感じ」でつくってほしいという要望になってしまいがちですが、この「いい感じ」を定義するのが「① 計画・準備」で、それを「プロセス」によって実現するという因果関係になっています。このように正しい意味からデザインに取り組む方が、デザインがデザインとして力を発揮しますし、これはブランディングにも重なってくる概念になります。

ブランディングのプロジェクトで求められる「② つくられたもの」は、ブランドの身体にあたるものです。これは神道で言う「依代(よりしろ)」のようなもので、何を憑依させるかで意味が変わってきます。ここにそのブランドの〈ブランドアイデンティティ〉が宿るわけです。ブランド成果物として「② つくられたもの」は、互いに関係しながら、ネットワーク的な身体を構築していきます。同じ身体だからこそ、自己同一性が必要であり、その表現に一貫性が生まれるのです。

身体とは他者の対象になりえるものなので、ブランドの身体は「タッチポイント」となる場所すべてにあります。「タッチポイント」とは、他者の身体とブランドの身体が出会う場所であり、互いのアイデンティティが向き合う瞬間で、そこの経験が累積されることで〈ブランドイメージ〉は変化し続けていくのです。

創造の源泉、ブランドコンセプト

ブランドには、他者が思い浮かべる〈ブランドイメージ〉があり、それは関係のなかで生まれるのでコントロールすることができません。その関係の両端には、人間関係と同じように、アイデンティティがあって、それが〈ブランドアイデンティティ〉を必要とする理由でした。そして、ブランドとして「つくられたもの」は、ブランドの身体として他者と関係し、その経験の累積がまた〈ブランドイメージ〉になっていく。これまでの議論をまとめると、こんな循環が見えてきます。

先述のとおり、〈ブランドアイデンティティ〉は、ブランドに関する判断基準になるので、「経営」の領域に通じています。また「② つくられたもの」は実装されているので、「制作・開発」の領域にあります。だから、〈ブランドアイデンティティ〉と「② つくられたもの」をつなぎ合わせることは、「経営」と「制作・開発」を接続することでもあり、ブランディングに不可欠な作業となります。これを可能にするのが〈ブランドコンセプト〉です。

「コンセプト」の語源は、ラテン語の「conceptio」で「懐妊」という意味になります。これは〈ブランドコンセプト〉の役割を言い得ていて、〈ブランドアイデンティティ〉を宿したものであり、「② つくられたもの」の創造の源泉となる場所で、デザインの原義である「① 計画・準備」のコアと言えるでしょう。そこはすべてのステークホルダーが立ち戻るべき場所でもあるのです。

多くの場合、〈ブランドコンセプト〉はテキストで定義されます。テキストには意味だけでなく、影響された文化や思想が意匠として付加されており、人文学的な価値を持っています。そのことがストーリーを発生させる余地になります。主観性の強いストーリーが生み出され、それが客観的に機能することで、言語としてステークホルダーに共有され、「経営」と「制作・開発」にまで一貫性をもたらす。それが〈ブランドコンセプト〉の働きです。

どれだけブランディングがビジネスにおいて重要だとわかっていても、ブランドを妥当に評価できず、主観的な判断を繰り返していては、その価値を享受することができません。〈ブランドコンセプト〉の機能的かつ本質的な価値は、イメージではなく言語を通じて感性を伝える点にあるのです。

仮説の体系のデザイン

ここまでブランディングについて書いてきましたが、今回登場したほぼすべての要素が仮説であることが、もっとも重要なところかもしれません。仮説なのは、ステークホルダーに共有される対象すべてです。ブランドの成果物として「③ つくられたもの」だけではなく、〈ブランドアイデンティティ〉や〈ブランドコンセプト〉もそうですし、さらにプロジェクト内で共有されるペルソナはユーザーの仮説、そのペルソナのタッチポイントを時系列で整理したジャーニーマップはユーザーの行動仮説です。

ブランディングは「② つくられたもの」として新しいプロダクトを開発したりロゴを刷新することではありません。重要なのは、すべての仮説が「② つくられたもの」であると同時に「① 計画・準備」でもあるということです。そして、先ほどの身体の話と同様に、それらの仮説はネットワーク状に関係し合っています。ブランディングとは、ブランドに関わるすべての仮説によって価値体系をつくり、「時間」に対応できる体制を整えていくことと言えます。

それに対して、〈ブランドイメージ〉はコントロールができず、完全に知ることもできません。なぜなら、仮説が空間的な概念であるのに対して、イメージは視覚的でありながら「時間」における実存だからです。「時間」とは、われわれの意識の流れであり、経験や記憶であり、「プロセス」のことです。

「BY DESIGNING」の「designing」が「プロセス」であるという話をしましたが、これは時間を設計することを指しています。もちろん時間を直接設計することはできません。だから、いろんな仮説を使って体系として構築していきます。「③ つくられたもの」の価値は「時間」によって変わるので、その流れのなかで迷子になってしまわないよう他の仮説にくくりつけておくために、体系化が必要なのです。

このように、ブランドに関係するさまざまな要素を「仮説の体系」として設計し「プロセス」にする。仮説が関係し合って構造になると、自己言及性を持つシステムになるので、全体のバランスのなかで個々が是正できるようになる。その結果、プロジェクト内で客観的に判断できるようになり、それぞれの仮説がアセットとして再利用できるようになる。だからこそ、ブランディングは全体最適的なのです。

これがわれわれの考えるブランディングであり、「BRANDING BY DESIGNING」に込められた基本理念になります。

Contact